2012年10月

2012年10月23日

ThrillogyでClareFM出演と再副鼻腔炎

この月曜日、tulla出身のシンガーKate PercelとCo.Tipperaly出身でMountshannon在住の Denise Glassと三人で名前つけてるThrillogyというグループでラジオ出演させてもらってきました。
Joan Hanrahanの番組でした。今週末は木金土日と連日ギグを頂いているのでその宣伝でした。
見えない観客というのは苦手です。
緊張したなぁもう。
昨日金曜のエニスのコンサートホールGlorでのコンサート上手くいきました。そういえば久しぶりにお客さんがライトの関係で見えない環境で弾いたなぁ

そんな中、急に最近気温が下がって冷え込んだせいもあって、風邪をこじらせまた副鼻腔炎っぽい私。昨日今日と寝込む私に、Earlがプレゼント持ってお見舞いにきてくれました。
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羊さんの湯たんぽ♡これはまさに昨晩私が今日買いにいかねばと思っていたPennysの羊!!
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こうなってる。
思いを見事読んでくれたEarl。やるなぁ
今日はよく眠れそう。ありがとう!♡

さて、今夜はGur湖でギグです。Kateが迎えにきてくれるとのことなので待ってます。 今夜もうまくいきますよーに。




yukinishioka at 16:28|PermalinkComments(0)パブリシティ 

2012年10月08日

アイルランド4年9カ月・ついに解決、ビザ問題

 お久しぶりです。
 やっと事の終結が見えたので、ご報告です。

 結果としましては、この10月3日、法務省より私と地元外国人登録所宛てに手紙が送られました。
 私、西岡ゆきにStamp4のビザを与えます、というものです。



 2008年の1月13日にアイルランドへ来てから、たくさんの友達が出来、多くの人に私を知ってもらいました。今回のStamp4に至る道として、その仕事面での経緯を簡単にここに書いてみようと思います。
 アイルランドで初めての仕事はタイレストランでのアルバイトでした。慣れない英語と仕事をやりくりするのに、実は泣いたこともありました。
 それでも諦めないで続け、レストランの閉鎖やオーナーの交代などで結果3つのレストランを経て2年。ついにゴールウェイの田舎の小さな幸せいっぱいの音楽学校での仕事がもらえました。(Coole Music)バイオリンを教える、ついに自分のスキルが生きる仕事を始めたのです。車がなかったのでバス通勤。冬は毎週待つ風邪をひきました。ここでのコミュニティを通して、ゴールウェイのクラッシック音楽家たちに多く出会いました。(Katharina Baker, Tom Murphy, John Roe など多数!)
 その翌年2010年にはちょっと大きめの都心に近い、スズキメソッドをベースにした音楽学校へ紹介されそこでも教え始めることにまりました。(Athenry Music School)
 またその夏にはIrish Chamber Orchestra、素晴らしいスズキバイオリン講師、Lisa Grosmanとの出会いもありました。彼らの教育プログラム、リムリックのいくつか小学校でのバイオリン指導の仕事をもらいました。

 こうして急に忙しくなり、レストランのお仕事は辞めることになりました。
 その後ウェディングバンドのメンバーに引き抜かれもしました。( Secret Chord )
名パブ、Peppers ( in Feakle, Co. Clare)でのレギュラーギグももらえることになりました。ありがたことです。( with Andrew MacNamara & Kate Parcell )
 すっかりバイオリン奏者、バイオリン講師として仕事が落ち着いてきて、生活もずいぶん変わりました。異国に滞在していたのが、生命保険や車の所有、貯金を始めるとともにそこに住むようになったのです。

 そうして2011年、夏。3年目も半ばです。私の学生ビザが切れるにあたり考えました。もう一年この国に語学学生として滞在することは出来るが、それは今私がすべきことなのだろうか、と。
 そこに生活があるのに、高い授業料を払ってやっとその国に居られるという自分の環境に矛盾を感じました。もっと先のある安定した環境を得られないのなら、この国に住んでいるなどど、勘違いしない方がいいと、恐れたのです。
 


 私は学生ビザではなく、労働者としてこの国に居られるビザの取得を試みることにしました。それでダメなら日本へ帰る覚悟です。
 2011年9月、IrishChamberOrchestra(以下ICO)に就労ビザをくれるように頼みました。先方も分かってくれ、その申請の為に必要な人材募集の広告など本当に多くの時間をさき、手を尽くしてくれました。しかし、2012年1月、私の仕事のポジションの条件とICOが就労ビザを与えられる仕事のポジションがかみ合わないため、ICOが私のためにビザを申請することは出来ない、という結果に終わりました。
 その結果とともに、アドバイスをくれていた人材派遣会社から、一つの助言がもらえました。「ユキならアーティスト就労ビザがもらえるかもしれない。」と。それは個人で申請するもので、とてもレアなビザとのこと。


 この時点からビザ問題はICOの手を離れ、私個人に移りました。
 何も分からないながら、事の複雑さは容易に推測出来ます。プロが必要と、9月から何度もアドバイスを提供してくれていた友人の弁護士、Hiroに正式にお願いしてこの問題を引き受けてもらうことに。相当、心強くなりました。

 Hiroに従い、まずは推薦状を出来るだけ多くの人に書いてもらい集めました。
 国内は教えている音楽学校校長陣から、ICO代表、著名なアイリッシュトラッド演奏家陣(Eileen O'Brianなど)、アイルランドスズキメソッド代表などから多く推薦状を書いていただき、日本からも愛知室内オーケストラ、マエストロ草川幸雄氏にもお願いし、書いていただきました。
 さらに必要な書類を両国からかき集め(無犯罪歴書、大学卒業証明書など)、2012年4月、第一回アーティスト就労ビザ申請となりました。

 そしてお返事が返ってきました。「申請時に申込者本人がこのアイルランド国内にいてはいけません。」ということです。仕方がないので夏休みの仕事終了まで待って、再申請となりました。
 ここでKate Parcellにより、政治家からの法務省への助言を頼むという案が出ました。最初は法務省大臣の名前が出ましたが、何度もEmailのやり取りの中、途中からCo.Clareの若手政治家に私の件は手渡されました。

 7月。楽器が盗まれました。幸運にも皆さまのお陰でバイオリンは7日後に戻ってきました。その翌日、ラトビアへ国外脱出。と同時に、Hiroにより第二回目のビザ申請が送られました。
 ラトビアに居る間、Kateと政治家の秘書、Hiroとのやり取りが続きました。私はデビットカードをATMに吸い込まれ、クレジットカードは銀行の問題で使えず、兵糧攻めに合いそうでしたが、毎日のバスキングで小銭を稼いで何とかしのぎました。
 滞在3週間後、秘書から「あなたにビザが発行される、戻ってきてOK」のメールがKate経由で届きました。さらに同時にHiroのオフィスに私の現在のパスポート現物を法務省へ送る要求がありました。
 大喜びでその日に帰国。さっそくパスポートを送りました。
 
 そして夏休みも開けてしまう、という8月も末の金曜日。法務省からバイオリン講師を探す父兄を装った電話があり、翌月曜日に「申請却下」の正式文書がHiroに届きました。つまり法務省は私はこのビザを受けるに値しない、と判断したのです。
 ビザが届く、と思って毎日楽しみにしていただけの夏休み後半。その結果のどんでん返しに出てくる言葉はありませんでした。
 
 それに上告することが出来る、とHiroがいうのでもちろんすることにしましたが、法務省内で数週間前まではビザがもらえるだろうと思われていたのに、それが変更されてしまった事実を解決しない限り、また当然、却下となってしまいます。
 
 9月になってしまいました。ビザがないので私は働けません。ICOも、Athenry Music Schoolにも代わりの先生をお願いしました。いつになったらビザがもらえるかも分からないのに、待ってもらうのは心苦しい気もしましたが、政治家サイドが最善を尽くしてくれていたので、信じて様子をみることにしました。音楽教室の生徒達へ今週の結果、来週の予定を連絡はもちろんですが、秘書、Kate、Hiroともほぼ毎日コンタクトを取り合いました。そんな毎日に心地よいことは無く、皆への申し訳なさを痛感するのみでした。

 10月になってしまったことはさらに気を沈めました。何ともならない現状に自分を責めることもできず、行き場のない申し訳なさがより重くなりました。

 でも3日。Stamp4許可の手紙が正式に書かれ、発送されたと連絡が入りました。私は飛び上がりました。やっと心から笑えました。Earlも一緒にとても喜んでくれました。
 5日、なぜかエニスの前の住所に手紙が届き、ついに手に入れました!あとはパスポートと一緒に地元のオフィスへ行くだけです。オフィサーが今度の水曜日に出勤するとのことなので行ってきます。
 
 ついに、ビザがもらえます。
 これがこれまでの全容です。

 最後に、Earlへの感謝をここに書かずにはいられません。
 Earlは4月から付き合いだした私の彼です。彼とはこの6カ月、私の人生の中で最もユニークな部分を共有しました。バイオリンが盗まれた時の彼の活躍ぶりは過去のブログにある通り。このビザ問題も含め、実に様々な問題が大きな格となる問題を取り巻く状況に、何とかめげずに、打ちのめされずに乗り越えてこられたのは、間違いなく、Earlがいつも傍に居てくれたからなんです。
 彼は日本語を読まないのでこれが彼に読まれることは無いけれど、出来る限りの英語を尽くして、正確にありがとうが伝わるように計画中です。

 こんなにサポーティブで素晴らしい彼が傍に居てくれる私は幸せ者です。
 
 


 またStamp4のハンコがパスポートに押され次第、ブログを書きます。
 皆さん、本当にありがとうございます。








 《アーティスト就労ビザとStamp4の違い》
 前者はアーティスト(私の場合はバイオリン奏者)としてのみ就労が許されるというもの。何があっても国に迷惑をかける(失業手当など)ことは許されず、その年の税金を納めた証明やビジネスの結果と今後のプランを提出とともにビザの延長が毎年審査されます。Stampは1です。
 Stamp4とは、本来EU国民と結婚した外国人、亡命してきた人、またはアイルランドで出生し住んでいる子供を持つ人など、長期居住の状況にある人に発行されるビザです。就労許可を得る必要無く、アイルランド国内で自由に働くことが許されます。

 
 



yukinishioka at 01:30|PermalinkComments(7)ビザ | 生活